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イタリアあっちこっち陶器の街  ストーリ編
from Natsuki Suzuki
昔からとにかく食器が好き。 若い頃は、モダンな白い器に憧れ、イタリアに住み始めた当初も「ポルチェッラーナ・ビアンカ」に夢中になったりしたが、イタリア国内いろいろ旅するうちに、「マヨルカ陶器」の魅力にすっかり取り付かれてしまった。というのも、イタリアには実に多くの個性あふれる「マヨルカ陶器の街」があるからだ。 ぽっちゃりと厚みがあって手に優しく、手描きならではの味わいがあるマヨルカ陶器。 そんなマヨルカ陶器との出会いを綴った、ショート・ショート・ストーリーをお送りします。
グッビオの郊外で泊まったアグリトゥリズモ、OASI VERDE(オアシ・ヴェルデ) は大正解だった。アグリトゥリズモが充実しているウンブリアならではの満足度! トリュフ三昧の夕食をたらふく楽しみ、翌朝は、緑のなかの新鮮な空気をゆっくり吸いながら朝食をとって、グッビオの街中へと向かった。

グッビオの風景

グッビオは、マヨルカ時代“ラスター彩”でマストロ・ジョルジョという名工を産んだ街。ラスター彩とは、イスラム文化で生み出された技法で、玉虫色のような金属的光沢をもっているのが特徴だ。これもやはり、イスラム占領下のスペインを通じてヨーロッパに伝わったもので、マストロ・ジョルジョのもとへ多くの陶芸家が、その技法を習おうとグッビオへやってきた。

さて、小高い山の斜面にひっそりとくっついているような街、グッビオ。その軽い斜面を登って行くと、あるわ、あるわ、風情に満ちた中世の街のそこかしこに陶器の店がある。葡萄や鳥、レモンといったモチーフを使った明るいものから、紺やベージュを基調としたシックな柄ものまで、ショップによって、個性はいろいろ。
そんなショップのひとつ、いかにも伝統的絵柄を守ってます! といった風情のショップの店先で、所狭しと並べてあった陶器の写真を撮っていると、中からいじわるそうな女主人がでてきて「写真撮影お断り。最近は絵柄を真似されて本当に困るわ」といってきた。……ふん! 今の世の中、真似もへったくれもあるもんですか。そんなに大事なら、金庫の中にしまっとけば!? と思わず心の中でつぶやいて、早々退去した。

気を持ち直して、再び石畳みの路地をテクテク登っていくと、一風変わったショップが目に入った。真っ黒な陶器ばかりがずら〜っと並んでいる。中に入ると、「さっきのオバサンとは、偉い違い!」とばかり、とても親切な青年が、この真っ黒陶器の由来の説明をしてくれた。
これらはブッケロといって、俗に“エトルリア人の陶器”といわれており、鉄分の多い土で形成した土器を木片で研磨し、還元炎焼成すると、このように地肌が真っ黒になるという。 還元炎焼成とは、窯の中の炎を制限して(つまり通風孔を部分的に塞いで酸素を減らす)まあ、簡単にいえば、煙でいぶし焼きにするんですね。
絵柄のあるもの、ないもの、モダンな形のものなどいろいろあって、黒の色調も微妙に違う。形の違うものを2、3コまとめて、サイドテーブルにでも置いたら、けっこうステキなオブジェになりそうだった。

グッビオの陶器

グッビオ他、ウンブリア州の街情報はこちらのサイトでどうぞ。(英語有り)
www.bellaumbria.net/Gubbio/

アグリトゥリズモ「OASI VERDE(オアシ・ヴェルデ)」(英語有り)
www.oasiverdemengara.it/
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 とある年の夏、絵陶器好きが高じてカメラマンの友人とふたり、とうとう「陶芸の里を巡る旅」にでた。当時住んでいたフィレンツェから、まず最初に向かったのがマルケ州の小さな街、ウルバニア。ここは、ルネサンス時代カステルデュランテと呼ばれていて、 イタリア・マヨルカ陶器の特徴のひとつ“イストリアート”で名を広めた街。イストリアートとは、史実やアレゴリーを、まるでキャンバスに描くように画面いっぱいに絵付けしたものだ。カステルデュランテでは、かのラファエロを生んだ街、ウルビーノが近かったこともあって、彼の絵画性を真似たひときわ質の高いイストリアートが生まれた。

ウルバニアの風景

 さてウルバニアに着き、パーキングの表示に誘導され車を止めてみると、目の前にドゥカーレ宮殿。その入り口には、さっそく「CORSO DELLA CERAMICA(陶芸教室)」の看板が。ここでは、夏期ヴァカンス・コースの陶芸教室が市によって運営されていた。

どれどれと覗いてみると、ちょうどそこで絵付けを勉強しているという日本人女性に出会った。彼女は、とても気さくに教室内を案内してくれ、その場でマヨリカ陶器のできるまでをさっと教えてくれた。「失敗した作品は、窓から外に投げるのよ」と、窓の外を指差す。その言葉にびっくりして窓の外を覗くと、その遥か下には大きな川が流れていた。なーるほど、粘土から作る陶器、失敗作は自然に帰るってわけだ。

彼女はその後、市内にあるいくつかの陶芸工房を案内してくれた。
そんな中で、とても深いペルシアン・ブルーの“ラファエッレスカ”に出会った。ラファエッレスカとは、ラファエロがバチカンの回廊装飾に用いたグロテスク模様を、皿のふちなどにあしらったもの。その神秘的なブルーに魅せられ、思わず「ほしいっ!」と手にとりかけたが、これらはもう完全なアート、装飾品だ。ともなれば我が家には、これを飾れるような上品なサロンもないし、なにしろ値段も高い。「これから先、いちいち買ってたらたいへんよ」というカメラマンのするどい一言もあって、断念した。

その後は、市内観光。小さいながら趣のある旧市街。鉢植えの花が彩りを添えている小さなコッチ橋や、18体のミイラがズラリと並んでいてけっこうコワイ「CHIESA DEI MORTI(死人の教会)」。そして、リスカット橋から臨むドゥカーレ宮殿は、入り口側からは想像もつかないほど優雅な佇まいを見せていた。
「ほら、あの窓から陶器の破片を投げ捨てるの」と、この日一日快くガイドをしてくれた彼女がいう。

そのドゥカーレ宮殿をバックに記念写真を撮り彼女と別れ、私たちは再び車に乗って、その日の宿泊地であるグッビオへと向かった。

ウルバニアのおすすめサイト
www.urbania-casteldurante.it/

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 フィレンツェに住んでいた頃、よく見かけたのがニワトリ柄の陶器。素朴さが気に入って、いつも衝動買い。絵柄の違うカップが数種集まった。コレクションするつもりは別になかったけれど、もっと、いろいろなニワトリ柄がほしいなーなんて思っていたある日、フィレンツェ近郊のモンテルーポという街で「Festa internazionale della ceramica(国際陶器祭)」が開かれるというウワサを聞いた。すかざず「ニワトリ探し!」と意気込んで行ってみた。この街は、遡ることルネサンス時代、イタリアのマヨルカ陶器発展に多いに貢献したという華々しい歴史をもつ。

フィレンツェの食器
ところでこのマヨルカ陶器、なんで“マヨルカ”っていうんでしょうかねえ。
初めて聞いたとき、 無知な私はまったく単純に「ああ、あのスペインのマジョルカ島で作られていた陶器なのか」と思ってしまったくらい。が、実際は、13世紀から15世紀にかけてスペインで作られていた絵陶器が、いったんマジョルカ島に集められ、そこからヨーロッパ各地に出荷されたため、こう呼ばれるようになった。で、この絵陶器がイタリアで空前の大ヒットとなった…という話し。

では、いったいどこがそんなにウケたのかというと、それはなんといっても白い素地!これを発明したのが中世のイスラム人陶工。 彼らは、中国の真っ白い磁器に憧れて、苦心の末、元来の鉛釉に錫酸化物を混ぜることによって不透明の白い釉(うわぐすり)を作ることに成功し、そこへ絵付けをほどこした。
それが、イスラム人のイベリア半島進出によって、スペインへ伝わったわけ。中世のヨーロッパといえばすっかり文化は衰退して、まるでお祖末な焼き物しか作っていなかったので、真っ白ツルツル!っとした素地は、さぞかしイタリア人の絵心を刺激したことだろう。さっそくあっちこっちの陶工たちが真似し始め、ルネサンス文化の開花と共に独自の絵柄を展開させる…これが、15、16世紀のイタリアにおけるマヨルカ陶器発展の始まり!

で、話しはモンテルーポに戻るが、アルノ川に近く、フィレンツェへの交易に便利だったことも手伝って、早くも14世紀末からめきめきと腕をあげ始め、りっぱなイタリア・マヨルカ陶器の里となった。そして1498年、モンテルーポ出身のふたりの兄弟が、メディチ家の支援のもとカファッジョーロに窯業所を設立。 裕福なクライアントからの注文が殺到した。
なもんで、さぞかしりっぱなフェスタだろうと思いきや、なんともパッとしないフェスタだった。街も小さく展示会もショップもいまいちで、細い坂道にしょぼい出店が並ぶだけ。私のニワトリさんも、もちろんどこにも見当たらず、かなりガッカリ…。それでもまあひとつ、楽しかったといえるのは、坂上にある城跡に設えられた即席トラットリーアで、夕食をとったことくらいかなあ。

とはいっても、10年前の話しなので、現在はこんなに質の高い絵陶器を作っているところもある。ご参考にどうぞ!
http://www.TuscanClay.com

Festa internazionale della ceramica(国際陶器祭)は、毎年6月開催。
モンテルーポ市公式サイト
www.comune.montelupo-fiorentino.fi.it

モンテルーポの考古学&陶器博物館(現在リニューアル中ですが…)
www.museomontelupo.it/mu/1/home/sistema.asp

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私のキッチンで、いちばん活躍してくれているのが、楕円形の小さな絵皿。 くすんだ色合いのピンク、今にもひょこひょこと歩き出しそうな小鳥たち。オイル漬けの野菜やオリーブなどをちょっとのせて、食卓にだすのにも重宝するし、残り物を保存するのにもちょうどいい。

ヴィエトリ・スル・マーレ
これは、アマルフィー海岸にあるヴィエトリ・スル・マーレリという街のもの。 この街は、なんかスゴイ。街中が、本当に陶器だらけなのだ。街道からずっと下っていくと海なのだが、その途中しつこいくらいに陶器屋が並ぶ。壁や看板にも、これでもか、これでもか、というほどの陶器! きわめつけは、この小皿のシリーズを作っているSOLIMENE社の建物だ。タイルとガラスで作られた、くねくねとうねる外観は、ちょっとガウディを思わせる。真夏の太陽に焼かれながらこの建物を見たときは、その、一種グロテスクな雰囲気に、頭がくらくらしたものだ。

だが、この小皿との出会いは、この街ではなくて、ポジターノの隣街、プライアーノ。ここに「TRAMONTO D’ORO」というお気に入りのホテルがあって昔よく泊まったのだが、夫がチェックアウトをすます間、そのホテルの前の小さな陶器屋さんを、ちらっと覗いたのが始まり。当時は、これがヴィエトリのものとは知らず、なんてかわいい絵柄だろう!と、ただただ一目惚れ。
以来、ここを訪れるたびに、小さなものを1つづつ購入していた。

このシリーズには他にも、牛や鶏などのモチーフがあって、どれもこれも“ほのぼの”という言葉がピッタリなキャラたちだ。
イタリア全国、素朴さを売りにしているトラットリーアなどで、この食器を使っているところがあり、偶然出会えたときには、なんともうれしい気分になる。

ヴィエトリ・スル・マーレ市の公式サイト(イタリア語、英語のみ)
http://www.comune.vietri-sul-mare.sa.it
ホテル TRAMONTO D’ORO
http://www.tramontodoro.it/index.html 

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